• エリクセン恵さん

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    NPO法人iLEAPの日本人向け教育プログラムマネージャーとしてプログラム全般を担当。同時多発テロ9.11を経験したことを原点に教育関連の仕事に就くことを決意し、日本で生涯教育企画運営に携わった後、米国大学院にて国際教育を学ぶ。“人は元からResourcefulである”という考えを持つiLEAPで、自身の信念を体現しながら、日本および世界各国のリーダーの育成に力を注ぐエリクセン恵さんのストーリー。

    記事:南 裕基子  インタビュー:20155

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    教育へのパッション、原点となったニューヨーク(以下NY)での9.11体験

    2001年の夏、当時大学4年生の私は、海外への興味から1年間休学しアメリカNYへ渡った。渡米から10日も立たない内に、同時多発テロ9.11を経験する。自分の身の上には決して起こらないと思っていたことが、家から電車で約30分の距離で起こった事実は、信念を根底から覆すような出来事だった。日本人として偶然にもその惨事に居合わせたことへのショックは大きかった。テロ発生後に現地で目の当たりにしたのは、人が人に対して敵意を瞬時にむき出しにする光景。アメリカ人の愛国心が高まる中、米国内に滞在している外国人、特にイスラム教国出身の人々や外見からそう判断される人々の立場が急速に弱くなっていく異様な状況だった。大学寮のアメリカ人ルームメイトは自国の大きな国旗を突然部屋に貼り出し、日本人の自分は肩身が狭くとても居心地が悪かった。この状況で感じたことは、人が互いの表面的な違いにのみに囚われ、それによって相手を判断し、そして嫌いになってしまうという狭い考え方、差別に対する苦しさだった。

    思い起こせば、小学生の頃から既に差別に対する意識は持っていた。当時は特別教育が必要な生徒のための学級は無く、学習障害を持つ子も皆一緒のクラスで学ぶ環境だった。先生から任され学習が追いつかないクラスメイトを手伝いながらも、一人一人が持つ個性がポジティブに捉えられず、認められていないことが不思議でならなかった。周りと異なる学習ペースがいじめにつながることにもフラストレーションを感じていた。学校などの集団におけるマイノリティへの親近感や共感性を持っていたのは、自分もその一人だと感じていたからかもしれない。9つ歳上の姉を持ち、クラスメイトの親たちと一世代違う両親に育てられ、同級生とのテレビやゲームの話題についていけず、 自分は周囲から浮いているといつも違和感を感じていた。学校に英語を教えに来ていた外国人の先生に興味を持ったのも、国は違うがきっと自分と同じだと思っていたからだ。 障がいを持つ人、日本に滞在している外国人、社会的に認められにくい立場の人への意識はずっと持っていた。ここではないどこか、海外に自分にもっと合う場所があるかもしれない、そんな気持ちが留学へ私を自然に導いていった。NYでの留学体験は、小学生の頃から持っていた思いを教育に対するパッションへと変える体験だった。教育の力で差別が生まれる人の考えを変えたい、当時の自分のように、自身の国を離れた場所で心もとない思いをしている人を支えたい、この思いが今の自分の原点となっている。

    日本での就職後、米国大学院進学を決意

    交換留学から帰国後、教育関係の仕事に就くことを希望し、生涯教育を提供している日本の企業に就職した。主な仕事は、外国語教育の担当として、語学講座の企画、運営である。講座は英語だけではなくアジア、アフリカなどを含む様々な国の言語を扱っていたため、英語圏に加えモロッコやセネガル、タイやベトナムなど各国出身のネイティブ講師と共に仕事をしていた。外国から日本に来ている彼らにとって、住居の賃貸契約が難しいなど、日本での生活における見えない差別を受けていることに憤りを感じ、仕事でもないのに手伝うことも多かった。

    仕事を通して海外との繋がりを感じながら、就職して3年ほど経つ頃には、もう一度海外に行きたいという気持ちが無視出来ないほど大きくなっていた。任される仕事も増え、昇進もしていたものの、自分に対して自信を持てず、30歳までに何かしたい、自分自身をもっと認められるようになりたいという思いがあった。再び海外へ行くことを周囲に相談する中で、大学院進学という全く新しい選択肢が生まれた。海外の大学院なんて果たして行けるのだろうか、という不安な思いだったが、信頼する周りの人からの言葉を信じてやってみようと決意する。

    NYで9.11を体験して以降、教育がずっとテーマにあったこと、そして人が自身のルーツから離れた場所で得られる成長と変化の大きさから、国際教育を学ぼうと決めていた。国際教育とは海外留学オフィスでの仕事や海外から来る留学生へのサポートを提供している仕事に関連した人々が集まるため、私には最適な分野だった。当時、週60時間を超えるフルタイムの仕事をこなしながら進学準備を始めた。1時間半の通勤時間をTOEFLの勉強時間に充て、就業後にインターネットカフェでエッセイを書くなど夜な夜な勉強する日々を続けた。 志望していたアメリカの大学院から合格通知を取得し、退職したのは入社から5年目のことだった。

    大学院での学びと気づき−自分がもともと持っている力に気づくこと

    進学したのは、米国東海岸バーモンド州の山中に位置するSocial Justice色の強い大学院。留学経験や外国人講師との実務経験から、多少英語が話せると思っていた自信は授業が始まってすぐに打ち砕かれる。実践的な授業を提供する大学院では、教授は自らをファシリテーターと位置付けるような全員参加型のディスカッション講義が中心。課題量の多さに加え、社会問題に疑問を呈する活動家、NPO活動に強い関心を寄せる人など独特の個性を持つクラスメイトに揉まれる毎日は新しい学びの連続だった。20代も後半になり、こんなにも涙する日々があっていいのかと思うくらい自分を試される環境。安定した収入も昇進の地位も自ら手放し、どうしてこの選択肢を選んでしまったのだろうと何度も思ったが、自分で決めたことだと言い聞かせ、がむしゃらに勉強した。

    大学院の授業を乗り切れたのは、自分にとって大切なものを守る姿勢を得たことが大きい。 誘いを断ることに勇気が必要だったが、周りに流され自分の声を自分で聞けなくなる人間にはなりたくなかった。何が必要なのか理解し、優先事項を、罪悪感を持たず相手に伝えられるようになったことは、得た大きな変化だ。普段から自分はどう在りたいのかを意識していれば、周囲は受け止めてくれる。

    2年目からはインターンシップを授業の単位として取得する為、国際色豊かなシアトルへ移った。NPO団体、コミュニティカレッジの2ヶ所でインターンシップを経験した。学生と応対する中で、こちらがアドバイスをするのではなく、彼らがもともと持っている力を自ら気づけるようにサポートをする、というポリシーが実体験を通じて大きくなった。そして、インターンシップと研究論文提出を終え、 入学から2年後に無事卒業した。大学院での学びは、すでに知っていた事象や概念を言語化するためのボキャブラリーと、物事に対する自分の考えを表現する力を身につけたことに過ぎなかった。自分の中に元から持っているものに自分では気がついていないだけではないのか。オズの魔法使いの話にあるように、主人公が探し求めていた心や頭脳は、本当は最初から持っていたのではないか。自分と同様に周りの人も既に持っているものがある、しかしそれは当人には見えていないだけなのだと実体験から痛感し、その考えが自分の中に非常に腑に落ちた。

    大学院卒業後、より規模が大きいコミュニティカレッジで働き始めた。留学生向けのリーダーシッププログラムの運営に携わる中で心掛けていたことは、学生が本来持っている力や個性を導き出し、それを本人が見えるようにサポートすることによって、その人らしく力を発揮できるのではないかということだ。当時はメンターの存在などは珍しく、自身が持つオリジナリティに気が付かせてくれる人は意外に少ない。学生との面談の中で意識しながら仕事に取り組んではいたが、時に、学校は学生のためであるべきはずだが、その部分が抜け落ち、ヒエラルキー体制による有能な人材が機能していない現状にフラストレーションを感じていた。日米両方で幾つかの職場を経験し、 組織立っていない自由度の高い環境の中でより自分を活かせると気づき始めていた。これまでの様々な経験、そこから得たスキルをNPOなど小規模な団体で活かせる場所があるのではないかと探し始め、人材育成NPO団体iLEAPにたどり着いた。

    人材育成NPO法人 iLEAPとの運命の出会い

    iLEAPへコンタクトを取り、面談翌々日から始まる日本人向けの教育プログラムに、ボランティアとして参加することがあっという間に決まった。まさかここで働けるとは思ってもいなかったが、2週間のプログラム最終日には一緒に働かないかとお話を頂いた。iLEAPの代表やディレクターが持つ“人は元からResourcefulである”という考えが響く。まさに私と同じことを言っている人達に出会えたことは衝撃だった。お互いが必要としているところにお互いが現れたような、まさに縁とタイミングとはこのことだ。

    その出会いから早くも3年が経ち、4年目を迎えた。iLEAPの教育プログラムでは参加者に教えないやり方を徹底している。人はResourcefulであるという考えから全てのプログラムを構成し、参加者と常にそういった関係を築いている。自分の持っている信念が活かされ、実行できる場所にいることに幸福を感じ、とても満足している。これまでの色々な体験から得た学びや気づきをもとに、自分の信念やミッションをはっきりと見つけられていたからこそ、今があると確信している。信念を持たず自分の心にオープンでいない状態では、縁もタイミングも引き寄せられなかった。だからこそ、これだけは大切にしたいという思いを持つことを大事にしたい。それさえ持っていれば、周囲の人は響いてくれるものだ。iLEAPでは 一人一人の役割が大きくやることも多いが、裁量権もあり主体的に仕事ができる。何よりも信じていることを体現することは、自分にストレスがかからない。自分のやっていることが意味のあるものだと感じられることはやりがいであり、とても幸運なことだと思う。

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    “人は元からResourcefulである“ 自分の信念を持つ大切さ 

    iLEAPの中では、日本人向けの教育プログラムの企画運営を担っている。参加対象者は、学生や社会人、起業家とプログラムにより異なるが、人として生きる力を自分の中に見つけてもらう機会であることは共通している。自身に対してResourcefulであることに気づくためには、自分に対してオープンになる必要がある。それは怖いことでもある。知らない者同士が集まる参加者がお互いにオープンになれるだけの安全な環境を作ることを大切にし、間違っても良い、言っていることは全て正しいのだと受け入れる体制を整えることを第一としている。弱い部分を見せることは決して弱いことではなく、受け入れてくれるセーフティネットがあれば人は自己を開示でき、自身の持っているものを見ることができる。実体験からビジョンを持つことがどれだけ大切なのかを参加者に伝えることができるのは、自身の強みだと思っている。必ずしも信念が実現できる場所が見つからないにしても、信じているものを持つ人の強さは計り知れない。またそれを共有できる仲間に出会うコミュニティを提供することが自分たちの役割だ。

    参加者が各々の場所に帰っていった後も、iLEAPで経験した仲間との繋がりが互いに支えになっている様子を目の当たりにする時、良い仕事が出来ていると実感する瞬間だ。今後の日本を担う社会起業家やリーダーを対象にしたプログラムでは、東日本大震災以降、アメリカでも東北地方に対する支援を希望する声が寄せられ、日本人向けの教育に経験値があるiLEAPでプログラム実施する機会が多い。日本の東北地方が以前よりも良くなることは、日本が良くなることにつながっていくと信じている。日本人向けのプログラムだけではなく、世界各国のリーダーを対象にした国際プログラムでも根底に流れる考えは変わらない。 iLEAPでの共通体験を持つ卒業生のネットワークは強く、各地で活躍する卒業生との新たなコラボレーションも生まれつつあり、今後がさらに楽しみだ。離れていてもコミュニティによって繋がり、各地の成長が波のように波及し、世界がより良くなっていくことに貢献すること、それがiLEAPの最終的な目標だ。

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    俯瞰して見る目、自分に対するオープンさを持っておく必要性

    iLEAPのプログラムを通じて参加者に触れ合う折に伝えていることは、“鳥の目”を持っておくことだ。目の前に見えている表面的なことに囚われず、俯瞰して考える姿勢を持つことは、物事や人を理解するために必要だ。今でも覚えているのは、母親がよく言っていた言葉。いじめている子は、いじめられている子と同じように可哀想だと思いなさい。人の発言や行動の背景にあるもの、歴史、文化、家庭環境や生い立ちなどその人を形成しているものをみようとすれば、表面的で一方的な判断にはつながらないはずだ。この俯瞰してみる姿勢は、自分自身に対しても客観的に振り返る助けになる。自分の中に違和感を感じている時、一体何が自分をこんな気持ちにさせているのか書き出してみる。漠然とした不安を具体的に把握することで、自身を客観的に整理することができる。

    振り返ると、大学生の頃に教育関係の仕事に就きたいと思ってはいたが、今のような仕事をしているとはまるで想像していなかった。色々なことを経験し原点から離れてしまいそうになる時、自分の思いを書き留めておいた留学時代の日記などは、自分の興味や根底に流れているテーマを再確認させてくれ、奮い立たせてくれる大きな力になった。自分の信念やビジョンを見つけ持ち続けること、また同時に決めたことに固執し縛られてしまうのではなく、それが変わりそうな時でも自分に対してオープンにいること。これらを実践してきたからこそ、信念を見つけることができ、今の私に繋がっている。

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