• 前田伸二さん

    幼いころから憧れていた空の仕事。パイロットになって、いつかは故郷、十勝平野の大自然を眺めたい、とその夢を叶える事しか頭になかった青年時代。しかし、交通事故で右目の視力を完全に失い、パイロットになるどころか、人生を諦めかけるにまで至った。そんな時に自分を救ってくれた仲間の存在。そして、恩師の言葉に支えられ18年越しの夢を叶えた前田伸二さんのストーリー。

    記事:杉山隆昭  インタビュー:2017年1月

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    同じ志を持つ仲間や恩師に太鼓隊で出会う

    幼少期から憧れていた空の仕事。憧れの仕事に就くためには、専門的な勉強が必要だと思い、山梨県にある日本航空高校航空工学科へ進学した。同じ志を持つ多くの仲間とともに、希望に満ち溢れる思いで入学式を迎えたが、この日を境に、私の高校生活は当初思い描いていたものとは異なるものになった。

    入学した日本航空高校は部活動が盛んで、とりわけ太鼓隊は全国大会で何度も優勝を経験するほどの強豪校であった。入学式の新入生歓迎会で太鼓隊のパフォーマンスを目の当たりにし、「本当に高校生が演奏しているのか?」と衝撃を受け、勉強よりも太鼓隊に入りたいという想いが強く芽生えていた。

    そうして、迷うことなく太鼓隊に入部することを決めた。恩師には、「パイロットは大学を卒業してからでもなれる。高校生の今でしかできないことをやりなさい。」という言葉を受け、高校生活をすべて太鼓隊に捧げていた。全国大会常連校とだけあって、練習は言葉では言い表せない程のつらさで、入部当初は25人もいた同期部員は卒業時には8人にまで減っていた。その分、苦楽を共にした当時の仲間との結束力はとても強いものになり、今でも連絡を取り合う仲である。間違いなく、私の人生に大きな影響を与えてくれた存在だ。

    パイロットの夢が絶望になった交通事故 

    充実した高校生活を終え、パイロットになるという夢を再び追うために、日本大学理工学部航空宇宙工学科へ進学した。しかし、入学してまもなく交通事故に巻き込まれ、大怪我の後遺症で右目を失明した。また、とりわけ脳への衝撃が大きかったことから、主治医には、回復したとしても植物状態であろうとも言われた。そんな私は、今、この瞬間にこうして生きている。なぜ回復したのか今もなお分かっていない。。ただ一つだけ言えることは『丈夫に産み、育ててくれた両親のおかげ』というのは事実で、二人の存在なくして今の私はいない。だから両親には心から感謝している

    それでも、片目が見えない障害者である、というレッテルは消えることは一生ない。当時、一番つらかった事は、片目が見えない障害者であるという事を理由に、多くの大人が私の可能性を否定したことだ。パイロットになることはおろか、就職先すら見つからないだろうとも言われた。立ち直ることのできない程の精神的ダメージから、自殺を考えたこともあった。しかし、そんな私を救ってくれたのは、高校時代の恩師の励ましの言葉であり、同じ志を抱き、苦楽を共にしてきた仲間であった。そして、私を支えてくれる人達の後押しを胸に、もう一度航空業界を目指すことを心に誓った。

    絶望の淵から、パイロットになる夢を叶える

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    失意から立ち直ったのち、私はリスクマネジメントや航空医療の学べるアメリカの大学院に進学することを決めた。渡米後、FAA(米国航空局)の能力認定(SODA: Statement of Demonstrated Ability)を2005年に取得し自家用パイロットになった。そして、民間航空機製造業に携わりながら2016年、ついに念願の事業用操縦士免許(コマーシャル・パイロット・ライセンス)を取得した。事故から18年の月日が流れていたが正真正銘のパイロットになるという夢を叶えた。日本人では唯一のコマーシャル隻眼パイロットである。大学生の時、あのまま日本でうずくまっていたら到底叶えられない夢だった。「アメリカならチャンスがある」、そう教えてくれた当時の大学院の教授には感謝しても仕切れない。

    一つ、私の人生における大きな夢を叶えたが、すでに次なる夢に向かって歩みを始めている。2017年は、その第一歩としてCFI(Certified Flight Instructor)という、パイロットのインストラクターになるための資格取得を目指している。次なる夢の達成には少し時間がかかることが予想されるが、どん底から這い上がった自分なら必ずできると信じている。

    また、現在はAero Zypangu LCCを起業し、若い世代へのモチベーションセミナーを開催したり、障害者でも空を飛べるような環境作りに尽力している。とりわけ、誰でも空を飛べるのだ、というメッセージを、夢を追う若者に伝えている。決してパイロットを育成することを目的とするのではなく、若者にリアルな話を通して、生きる上で大切なことを伝えたい。なぜなら、人生は即席のカップラーメンではないからだ。人生は、たくさんの人に出会い、多くの困難に直面する。決して簡単な道のりではないだからこそ、リアルな話をして現実を知ってもらう必要がある。それでも、若者たちには決して夢を諦めて欲しくはない。誰もが必ず夢や目標を実現できるとは限らないが、きちんとした情報を提供し、子供たちの可能性を引き延ばすことが大人の役目であり、Aero Zypanguの最終目標でもある。

    若者へのメッセージ

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    私が一番に伝えたい思いは、“人の人生と比べるな!”ということだ。最近の若者も社会人からもよく、夢がない、やりたいことがないという言葉を口ずさむ。その言葉が口から出た瞬間、他人と自分の人生を比べているのだと思う。なぜなら、この言葉の裏には「あいつにはやりたいことがある。それに比べて・・・」という台詞が隠されているからだ。

    そう言う人は、必ずと言っていいほど、他人の表面しか見ていない。私から言わせれば、他人と自分の人生を比べている段階で、すでに自分の人生を生きていないのだ。また、「前田さんはなんでそんなに頑張れるのですか?」という質問もよく聞かれる。この質問も全く同じで、自分を他人と比べてしまっている。他人の人生をコピーペーストした人生なんて、なにも面白くない。誰のための人生か、ということを考えたら、答えは明確であろう。だから、自分が心からやりたいと思うことに全身全霊を注ぎ、他人と比べるのではなく、自分の人生を全力で歩んでほしい。自分の人生に誇りを持って生きることが、夢を叶えることにつながると私は信じている。