• 伊藤邦茂さん

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    NBA選手を目指す、プロバスケットボール選手。2009年にIBL(国際バスケットボールリーグ)に日本人初の選手として参戦し、2013年、アメリカのプロチームSalem Sabres に入りプロ生活をはじめる。また、同年トルネードアカデミー町田を設立し、子供たちにバスケットボールの指導をしている。夢を追い続ける、一人のバスケットボール選手の人生。

    記事:金紀恵 取材日:2013年7月

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    マイケル・ジョーダンとの出会い

    実は小学生の頃はサッカー選手になりたかったんだ。小学校高学年のときに怪我をしたときも、1年しっかり休んで、中学でまたサッカーやろうって思っていた。ところが、中学校に入ったらサッカー部がなかった。だから、中学生の間は、体を動かせる部活でいいやと割り切って、友達に誘われたからバスケ部に入部することに決めた。そこで、母親が当時、深夜に放送されていたマイケル・ジョーダンのバスケの試合を見るよう勧めてきた。そこで、彼のダンクシュートを見た瞬間、「この人みたいになりたい。」って思ったんだ。単純だけど、それがNBA選手になるっていう夢のはじまり。それから一度も夢はブレていない。マイケル・ジョーダンに会ったらまず、お礼の言葉を述べたい。だって、彼のおかげでこれまでどんなに辛いことがあってもここまでやってこられたから。それだけ彼は僕の人生に影響を与えてくれた人。

    バスケができなかった高校時代

    とは言っても、上手く物事は進まなかった。まず、高校に入ってバスケ部はあったけど、全然活動していない部活だった。学校自体、ガラが悪くてドラマのルーキーズみたいな感じ。僕がキャプテンになったとき、親と一緒に先生に頼みにいったら「部活動をしても、先生は給料をもらえないんだ。」と衝撃の一言をもらった。どうしようもないと思い、高校の間は独学でバスケやることに決めた。これ、神様のプレゼントだと思うんだけど、高校の裏の公園にストリートバスケットコートがあったんだ。だから、そこで僕は授業をさぼって1日中練習していた日もあった。だって強豪校の人たちは、僕が休んでいる間も練習しているわけだから、負けられないよね。僕は練習場所すら提供してもらえなかったんだから。授業もしょっちゅうサボってどうしようもない生活を送っていたけど、それが今につながっているから全く後悔していない。

    夢を追いかけ、渡米。そしてプロ生活へ

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    高校を卒業したら思いっきりバスケットボールをやろうと思っていた。だから3年間くらいアルバイトしながら、クラブチームに入ったり、色んな場所へ行って上手い人を探しては、その人たちと一緒に練習させてもらうっていう道を選んだ。ここで、転機が訪れた。大阪にバスケットアカデミーができて、第一期生になったんだ。僕にとって同じ夢を持っている人たちと一緒に練習できるという点が魅力的だった。でも実際は一筋縄にはいかず、予期していた環境と全然違って絶望したのを今でも覚えている。そこで、2年生に上がる前、アメリカでバスケをしていたチームメイトと一緒にトレーニングをしていたときに、彼からアメリカにいたときの話を聞いたんだ。僕の夢はNBA選手だからアメリカに行くしかない、今だ!と思い、アメリカ行きを決意した。

    最初は語学学校通いながらバスケできればよいという安直な考えだったが、なんと、行く直前になってバスケで足を骨折してしまったのだ。全治3ヶ月という悲惨な事態。しかし、これもまた、アメリカ行きを真剣に考え直す時間という神様からのプレゼントと考え、必死にアメリカの情報収集に専念した。そのときに、日本最古のNBA解説者である、あんどうたかおさんに自力で会いに行ったんだ。その後も色んな人に相談し、後押しされ、アメリカ行きを再決意。アメリカでは、あんどうさんに紹介してもらったオレゴンのUSBAという、電波もない山奥で3ヶ月間、アメリカや中国選手とみっちりバスケを練習した。そこで僕は、国際バスケットボールリーグ(IBL)のオーナーである、西田辰巳さんという方に出会った。これが、僕のバスケットボール人生最大の転機。日本に帰ってからも、アメリカで教わったことを続けていたら、IBLにニッポン・トルネードズというチームが参加するということで、僕も参戦させてもらった。2009年のことである。そして今年2013年、IBLに参戦して3年、ついにアメリカ・プロチームSalem Sabres に入ったのだ。

    大人が夢を持たないと子供も夢を持たない―僕の夢は世界平和に貢献すること

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    こうして、プロ生活がはじまった。プロ選手は子供たちのお手本にならないといけないから、プロ選手になってからプロ選手の生活をしていたら遅い。僕は、プロ選手を目指すのであれば、目指すと決めた瞬間にプロ選手みたいに生活したり、言動に気をつけたり、行動することが大事だと思う。だからプロになる前も、アルバイトしている間、仕事はめちゃくちゃ頑張った。そして、今年の4月から地元である町田にバスケットボールスクール設立した。僕がコーチになって、アメリカで出会った素晴らしいコーチ、ジェイソンに教えてもらったことを子供たちに教えている。

    一番の目的は子供たちに夢を持ってもらうこと。バスケットボール選手になりたい、アメリカに行きたい、バスケ始めたい、上手になりたい等なんでもいい。夢をもっている子供はヤバイ。夢を持っている子は輝いているし、自分でしっかり決められる。今そもそも日本の大人が夢を持たないので、夢を持てないお国柄になってしまっていると思う。大人が夢持たなければ子供も持たないよね。僕の最終的な夢は、バスケを通じての世界平和。戦争があったら好きなこともできない。そんな人生誰が望むのだろう。今よりも少しでもよいものを子供たちに残してあげたいし、やればできるんだっていう環境作りをしたい。それを実現させるにはまずNBAに絶対行かなくてはいけない。NBA選手になってからあれこれ言う方が信憑性高いでしょ。こう思えるようになったのも、周りで応援してくれた人や、今まで出会ってきた人のおかげ!!

    努力の秘訣

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    よくすごくポジティブだねって言われるけど、やっぱりそうやって考えられるのも、マイケル・ジョーダンのおかげ。彼がいなかったらヘタレ人間になっていたと思う。彼は、自分の目標を達成するために努力を惜しまない人間なんだ。僕は、彼みたいになりたいわけだから、彼の真似をする。ただそれだけのこと。ジョーダンが努力して乗り越えてきたのだから、僕も同じように努力しなきゃ彼のようにはなれないよね。僕、壁にぶつかったら感謝するようにしているんだ。また成長できる!バスケ上手になれる!と思って、決してネガティブにはとらえない。本当に「あきらめたらそこで試合終了」。たとえ夢が叶わなかったとしても、一生懸命やることは恥ずかしいことじゃないし、失敗することは決して恥ずかしいことじゃない。一生懸命夢に向かって努力していたら、絶対に得るものはあるから。人生無駄なことは一つもないんだ。だから、子供たち、若い人たちには、もっと胸をはって、夢に向かってがんばってもらいたい。

    最後に、こうやってお話していて、改めて思うことは、僕の人生は本当に「出会い」だったんだなって思う。西田辰巳さんをはじめ、尊敬できるコーチ、切磋琢磨し合える仲間、応援してくれる人々。僕一人だったら何もできていない。前まではNBA選手になれればいいって思っていたけど、バスケの楽しさを教えてくれた人、応援してくれる人、色々な人に出会って、人のためにプレイしようって思うようになったんだ。ここにいられるのは、今まで出会ってきたすべての人たちのおかげ。僕の人生は、本当に出会い。だから、まずはNBA選手になって、バスケを通じて世界平和に貢献して、そして今まで出会ってきた人々に恩返ししていきたいと思う。